はじめに
動画での説明
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記事の位置づけ
今回学ぶ「パターン・ランゲージ」は主に「創造美学」に分類される。
第一回の記事は3つのパートから構成されている。
※今回は3つのパートの概要、及び「アレグザンダーにおけるパターン・ランゲージ」の説明を行う。
part1とpart2の動画の振り返り
POINT
パターン・ランゲージ(英:Pattern Language):ある分野で繰り返し役立つ知恵やコツを他者と共有するために用いる言語体系のこと。建築家のクリストファー・アレグザンダーの考案した概念。
POINT
パターン(英:pattern):繰り返し現れる要素同士の関係のこと。※『パターン・ランゲージ』では「原型」と翻訳されている箇所もある(C・アレグザンダー,『パターン・ランゲージ』,ⅸ)。
パターンを言語化し、体系立てて整理することによって問題解決手段として機能することを学んだ。
目的は個人の幸福から、社会全体の健全な世界観への変革まで広い範囲を設定することが可能である。
| 生き生きとした構造、幾何学的特徴の例 | |
|---|---|
| 【1】 | スケールの段階性 |
| 【2】 | 力強いセンター |
| 【3】 | 境界 |
| 【4】 | 相互反復 |
| 【5】 | 正の空間 |
| 【6】 | 良い形 |
| 【7】 | 局所的シンメトリー |
| 【8】 | 深い相互結合と両義性 |
| 【9】 | 対比 |
| 【10】 | 段階的変容 |
| 【11】 | 荒っぽさ |
| 【12】 | 共鳴 |
| 【13】 | 空 |
| 【14】 | 簡潔さと静謐さ |
| 【15】 | 不可分であること |
今回の動画では、具体的にどのようにコツを言語化し、体系立てていくのかを学んでいく。
今回の動画が終わった後、このシリーズではアレグザンダーが提示する幾何学的特徴などを掘り下げていきたい。
part3(今回の記事)の見取り図
パターン・ランゲージの全体の作成プロセスを上の図のように今回考えた(アレグザンダーの用語ではない)。
アレグザンダーのパターンのサンプルをテンプレートとして表現したものがこちら。
プレパターンランゲージという、新たな枠組みがこちらである(左ページだけでもいい)。
アレグザンダーによるパターン・ランゲージの使用プロセスのイメージを図にしたものがこちら。
重要なコツとして「小空間にできるだけ多くのパターンを圧縮することに目を向けること」が挙げられている。
人類学者のグレゴリー・ベイトソンとアレグザンダーの共通点もとりあげている。特に、意味という概念を「冗長性、情報、拘束、パターン」とほぼ同義のものとしてみなせる枠組みを提示している点が重要である。情報の言語、冗長性の言語、拘束性の言語、さらには創発性の言語として捉えることが可能になる。
井庭崇さんの作成プロセスのイメージを図にしたものがこちら。
井庭さんのパターンの形式をテンプレートで表現したものがこちら。
別の形式がこちら。
井庭さんの「創造システム理論」を通して、「発見を生成・連鎖させるメディア」が必要となり、そのひとつがパターン・ランゲージであるという重要な示唆を得た。
パターン・ランゲージの作成方法
データを集める前に主題を設定する【コンセプト設計】
プロセス全体の概略
これから説明する一連の方法はアレグザンダー自身が直接的に提唱している方法、用語ではない。アレグザンダーが語るコツ、ヒントを組み合わせて簡易的に構成してみたものである。もし絵を描く場合にどのような段階が必要なのか、というアナロジーを用語にとりいれている。井庭崇さんが考案する作成方法も後の項目で扱う。
全体の作成プロセスを図にするとこのようになる。
【1】コンセプト設計とは
アレグザンダーにとっての主題は「良い建物をつくること」であった。「良さ」についての基準は『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』などでより客観的に語られている。
「建物」を作るためにはより上位のパターンと、より下位のパターンの間に挟む必要がある。より上位のパターンとしては「町」、より下位のパターンとしては「施工」が設定されている。
探索用抽象度を設定する
抽象度の関係を図にするとこのようになる。もちろん、下位の抽象度の内部でも上下関係がある。
カテゴリーをあまりにも細かく、大量に予め設定することはできるだけ避けるように心がける。ギリシャ神話に登場する盗賊であるプロクルステスの話が参考になる。旅人を寝台に無理やり寝かせ、身長が長ければ足を切り落とし、身長が短ければ引き伸ばしたという。
同じように、カテゴリーをあまりにも大量に、具体的に設定してしまったために、「現実から得られる情報、経験、知識」を無理やりカテゴリーに当てはめようとしてしまう危険がある。
かといってカテゴリーが全くない状態で情報探索へ進むわけにはいかない。アレグザンダーは全体から部分へ、部分から全体への往復のなかで全体を意識することを常に重視するからだ。はじめに全体があるのであり、部分から積み上げて全体を作るわけではない。
いわば「アタリ」をつけて部分を描き込んでいくイメージである。最初からボールペンで描いてしまわないようにする。この「アタリ」の部分として、アレグザンダーが用いたような町、建物、施工といった3つの抽象度を利用する。
まず、自分が最も関心のある主題から、より分解できそうな用語を見つけ出す。アレグザンダーの場合は「(良い)建物」であった。
「絵を上手く描きたい」という問題発見が主題の場合は、「色材」はより下位であり、「構図」はそれよりも上位になるかもしれない。基軸となる3つの抽象度を探し出すことはなかなかむずかしい。そこで、「ゆるい言葉」をあえて用いるという方法を採用する。
たとえば「良い絵」という言葉を中位の抽象度に位置づけるとする。上位の抽象度は「良い絵を規定するパターン」であり、下位の抽象度は「良い絵を支えるパターン」であると考えるのである。
こうすればカテゴリーが具体的すぎず、情報の探索において無理やりあてはめようとする危険が小さい。色材は絵を支えるパターンであり、どこで鑑賞されるかといったパターンは絵を規定するパターンであると考えることができる。
テンプレート化するとこのような図になる。
しかしこのような「探索用抽象度」を設定した後、どのように情報を集め、配置していけばいいのか。
広すぎず、狭すぎないようにパターンを集める
たとえば「ドアの取っ手」はパターンとして扱わず、部分(パターンの構成要素)としてある体系内で扱うことは可能である。もちろん、ドアの取っ手すら「パターン」であり、さらに部分と部分に分けることも可能であるが、便宜上、どこかで打ち切らなければならない。
たとえばアレグザンダーは「当時の理論は、まず『部分』とは、ドア、窓、通路といったものであり、『パターン』は、それらの関係性を記述するものとしていました。しかしこの部分は、まったく気ままな設定であり、特別な根拠もありません。このぎこちなさを消し去るまでは、私はこの理論を採用しませんでした。」と述べている。
部分は特定のコンテクストに適合しているかどうかが重要である。たとえば食卓のテーブルの上に汚い消しゴムがある場合、どこか醜い。しかしカレーライスが置かれているとどこかフィットしている。
「食べる場所」というより大きなコンテクストからすれば、「汚い消しゴム」という部分は部外者的であり、ぎこちない。あらゆる「パターン」や、「パターンとは便宜的に扱わない部分」はより上位の抽象度、パターンから規定を受けるのであり、それらを支えるものでなければならない。
抽象度が高いか、中くらいか、低いかといった判断はいかにして可能になるのか。パターン自体に抽象度の序列が固定的に存在するわけではない。いかなる範囲までをパターンの素材とするのかが問題となる。
たとえば町より市、市より県、県より国、国より世界のほうが抽象度が高い。喧嘩における「暴言」や「無視」よりも、喧嘩における人間関係のほうが抽象度が高い。アレグザンダーのパターンでは世界や国単位の話、取っ手の内部構造や原子構造の話はほとんどでてこない。
「リアリティを言葉にするためにどれだけ必要なのか」という条件の中で考えていく必要がある。
たとえばアレグザンダーは「すべての理論は、われわれがアクチュアルな現実に投企する手助けに過ぎず、現実そのものとは直接には何の関わりもないのです。パターンとは、アクチュアルな現実に導くのに必要な知識を秘めた輝かしい外形にすぎません。現実そのものは無言なのです。」と述べている。
社会学者のマートンは「中範囲の理論」において、経験的に実証可能な範囲に絞るコツを提示した。
あまりにも範囲が広すぎると理論は役に立たず、かつ実証しにくい。しかしあまりにも範囲が狭すぎると実証はしやすいが汎用性が低い。
たとえば「ある人間Aがある場所Bで、ある時間CにXという行為をする傾向がある」という実証はしやすい。しかし多くの人にこのパターンは役に立ちそうにないとする。
あるパターンを知っていることで未来が予測できたり、人間の行為が理解できる利点があると仮定した場合、あまりにも特殊で限定的な知識は利点が乏しい。ある集団の傾向、たとえば「災害時におけるある集団の傾向」といったより広い範囲において実証された場合はより利点が大きい。アレグザンダーは「人々の9割は同じような感覚をもつ」と仮定し、より普遍的で基底的な探求を重視する。
・特に参考にしたページ
スティーブン・グラボー「クリストファー・アレグザンダー」,171-173p
【基礎社会学第三十四回】ロバート・K・マートンの中範囲理論とはなにか
データを集める【イメージボード】
【2】イメージボードとは
言語化された知識と言語化されていない知識(暗黙知)
たとえば建築のコツのためのデータはどのようにして集めればいいのだろうか。
本やネット、AIツールなどで「言語化された知識」を集める方法がまず存在する。
しかしあたりまえのコツとして共有されているような「暗黙知」は言語化されにくく、情報を集めにくい。
そのような情報は他者から上手く聞き出したり、実際の建築現場を目で見たり、自分で建築を行って「言語化された知識」を取り出していくしかない。
図にするとこのようになる。
「他者が上手くいったコツ」がほんとうに自分が上手くいくとは限らない。また、他者のコツが正確に言語化されているかもわからない。
たとえば「レントゲンを観察するときには、全体を見て、順番を決めて、左右を見比べるといい」というコツを聞いたとしても素人にはよくわからない。実際にやってみることでしか気づけないこともある。たとえば呼吸の仕方のコツや自転車の乗り方のコツ、人混みでの顔の見分け方のコツをわれわれは正確に言語化できるか。「できること」と「言えること」には乖離がある。
パターンを自分のものと思えるかどうか
仮に言語化できたとしても、「他者から聞いたコツと思われるもの」をただ配列するだけだとパターンは「自分のもの」として感じられにくい。
リアリティとパターンが著しく乖離しても、「他者のもの」のままでは乖離に気づけなくなる。「自分でやってみたい」、あるいは「自分のものである」と感じられないようなパターンをまとめようとするフィーリングの段階で誤っているのかもしれない。
「他者から聞いたコツだけ」でランゲージをつくろうとする試みはあまり上手く行かないのではないだろうか。すくなくとも自分で経験した情報がない場合、そのランゲージに愛着をもちにくい。
良い建築や良い絵、良い人間関係には価値があり、自分の現実の生活と切実に関わってきたという実感が重要になる。あくまでもその補完として他者からの情報が存在するのだといえる。
レントゲンを観察するためのスキルが仮に作成者にないとしても、そこから「他に応用可能なパターン」を見つけることができるかもしれない。
たとえば「まずは全体から見て、左右で比較する」というコツが絵を描くときや音楽の良さを判断するときに使えるかもしれない。「実際に使ってみて、これは良い」と作成者が直観できるかどうかが重要だ。抽象度を上げていくと共通点が見えてくるが、上げすぎると共通点として実感しにくくなる。
アレグザンダーはあらゆる生き生きとしたもの、美しいものに「共通する構造(生き生きとした構造)」を重視している。たしかにレントゲンのパターンと絵のパターンは全く異なるように見える。しかし「どこか良い」、「どこか自分と似たものがある」という直観するなにかがある場合、「共通する構造」がそこには現れている。
もちろんその現れの強弱は存在する。「比較することが大事」というちょっとした共通する構造でもいいので見つける意識が必要となる。この「直観によるテスト」は自己を映し出す鏡テストや、幾何学的特徴によって理論的には判断していくことになる。
仮のパターンを作成し、配列する【ラフスケッチ】
【3】ラフスケッチとは
『パターン・ランゲージ』は良い建物をつくるための253のパターンから構成されている。重要なのは、どのパターンも孤立的なものではなく、他のパターンと関連づけられている点にある。
パターンは上位のものから下位のものまで秩序付けられている。下位のパターンは上位のパターンにはめ込まれている。
パターンを作成する方法と配列する方法
パターンを作成する方法とパターンを配列する方法を分けて考える必要がある。ただしこの作業は反復的に行うこともできる。
たとえば厳密なパターンを作るのではなく、「パターンの名前、カテゴリー」だけを最初にラフに考えてみる。このラフな状態のパターンを配置し、体系づけて、ラフな全体(言語体系、ランゲージ)を作ってみるのである。その後に、個々のパターンの肉付けを行い、さらに配置を変えていく。この反復が重要になる。
パターンの肉付けが先で、その後にパターンを体系化することもできるかもしれない。アレグザンダーは全体から部分への順序を重視している。常に全体を意識して部分を考える必要があるからである。
しかしあまりに全体をきっちり決めると部分の柔軟性が小さくなるので、緩い、ラフな全体を初期段階では決めておくと適切だと考える。
「良い建築のためのパターン」は大まかに最上位の町、中位の建物、下位の施工の3つに分類されている。
1の「自立地域」から94の「人前の居眠り」までが最上位の町のパターンの集まりである。95の「複合建物」から204の「開かずの間」までが中位の建物のパターンの集まりである。205の「生活空間にしたがう構造」から253の「自分を語る小物」までが下位の施工のパターンの集まりである。もちろん、下位のパターンのなかでも上下関係がある。
情報の探索に利用する探索的抽象度
集まった多くの情報からどうやって253のパターンへ振り分け、体系づけることができたのか。たとえば集めた情報の抽象度を3段階に振り分ける作業をまずは行うことができるだろう。
さらに低い抽象度の中でも、同じ作業を繰り返して前後関係を重層的に作っていく必要がある。
抽象度を基準にラフな整理ができてきたら、集まった情報のグループに「カテゴリー名」をつけてみる。アレグザンダーは町、建物、施工というカテゴリーを3つの抽象度に設定している。
そこから町は自立地域、町の分布、田舎町、ミニバス、聖地といったように多様に分解されている。番号が若い順に、より抽象度が大きいとざっくりと考えることができる。たとえばパターン1は「自立地域」、パターン43は「市場のような大学」、パターン92は「バス停」である。町のカテゴリーは1から94まで設定されている。
もちろんたんなる抽象度だけでパターンが配列されているわけではない。アレグザンダーは以下のように述べている。
「はじめの94パターンは、環境の大きな枠組みに関するものである。つまり、町やコミュニティの成長、道路や歩行路の配置、仕事と家庭の関係、近隣にふさわしい公共機関の形成、それらの機関に必要な公共機関などを扱うパターンである。」
「本章のパターンの実施は、漸進的な手順をとるのが最良と考える。個々の建設実施や計画決定は、特定の大規模パターンの形成に役立つかによって、コミュニティが認可することになる。町やコミュニティの骨組みに重大な影響を及ぼす大きなパターンが、中央権力や法律やマスタープランによってつくり出せるとは思えない。その代りに、大小の建設行為が、個々に責任をもって、世界の片隅で大きなパターンを少しずつ形成していけば、徐々に、有機的に、しかもほぼ自動的に大きなパターンが出現するものと確信している。」(『パターン・ランゲージ』ⅲp)
話が大きすぎて、いまいち捉えにくい。たとえば自分の家を建てたり、自分の部屋をリフォームする際になぜ町や都市、コミュニティのパターンを把握しなければならないのかと考えてしまう。
パターンを制約し、かつ創造する抽象度
たとえば「良い絵」を描きたい場合に、「美術界の流行」や「経済の動向」、「自然の生態系」、さらには「絵の具の物理的構造」をわれわれは熟知する必要があるのか。
もちろん、「建物のパターン・ランゲージ」ですべてのパターンを利用する必要はないとアレグザンダー自身は使用方法の際に説明している。ほかのパターン・ランゲージでも同様だろう。
しかし任意に選択したパターンが、より上位のパターンに影響を受けないということではない。たとえば勝手に建物を高くしたり、燃えやすい素材に変更したりすることは許されない。部屋を水浸しにすると建物自体が崩壊してしまうかもしれない。木材の家を選べば、調和しやすい小物はそれに合わせて限定されてくる。
パターンを実際に細かく利用するかどうかは別として、より大きなパターンを用意しておく姿勢が重要である。
たとえば隣の家をわれわれは設計する訳ではないが、隣の家のデザインによって、自分の家のデザインのありかた、良さが決まることもある(カレーと便器の組み合わせがデザインの悪さを想起させるようにである。カレーだけ良ければ全てうまくいくわけではない。)。
つまり、自分が実際にコントロールできない範囲のパターンも熟知している必要がある。「コントロールのできなさの度合い」も上位のパターンか下位のパターンかを考える際に重要になるのだろう。法律や都市のあり方を個人が孤立的に変えることは難しいが、どの椅子を選ぶかならある程度可能である。
もちろん、上位のパターンに制約を受けるだけではなく、「上位のパターンがあることによって新しいものがたくさん生まれるという創造的な余地」もある。また、「下位のパターンによって上位のパターンが変革されていくという創造的な余地」も存在する。
たとえば大学の場合は集権的な所有者がいて資金源も単一であるため、「計画にたいする上からの制約なしで、個々の行為を積み重ねて大きな全体をつくり出す」というプロセスが全体的に実行可能だという。それに対して町の場合は部分的にしか実行できない。
抽象度の大きなパターン、制約を課す側のパターンから順に小さなパターンをつくりだす理論もあれば、小さなパターンから少しずつ大きなパターンをつくり出す理論もある。
・特に参考にしたページ
スティーブン・グラボー「クリストファー・アレグザンダー」,70p
パターンに置ける柔軟性
パターン・ランゲージでは「柔軟性」が重要である。一般に、「状況の変化に合わせて、考え方や行動を無理なく変えられる性質」を意味する。
たとえばバスケもサッカーも、テニスもできる人はバスケしかできない人よりも柔軟性が高い。相手に応じて態度を変えられる人も柔軟性が高い。
ある上位のパターンを採用すると、ある下位のパターンのみしか採用できないようなケースは柔軟性が低い(硬直性が高い)といえる。
たとえば「ドアのパターンA」を作ったとすれば、「窓のパターンX」や「窓のパターンY」にも接続できるような柔軟性があれば望ましい。パターンXにしか接続できないとすれば柔軟性が低い。あるパソコンにしか使えないようなハードディスクやメモリは柔軟性が低い。かといってあまりにも自由度が高すぎるとつながりが弱くなり、統一感や秩序が見えにくい。
たとえば「ドアを作らなければいけない」という制約が仮にあったとしても、「ドアの作り方」には柔軟性の余地を残す必要がある。ドアの構造や装飾を厳密に指定しすぎるイメージや描写は望ましくない。考える余地、能動性を残す必要がある。
たとえば上の図のようなイメージで構造を語り、具体的にどのような「形」なのか、「材質」なのかを選択する余地を残すのである。
・特に参考にしたページ
スティーブン・グラボー「クリストファー・アレグザンダー」,144p
ツリー構造とセミラティス構造
| デカルトの方法論 | 内容 |
|---|---|
| (1)分析 | 複雑な問題をより単純な要素に分解する。 |
| (2)枚挙1 | 問題を十分に明白になるまで分解したか、見落としがないか点検する。 |
| (3)綜合 | 単純で明白なものとなった問題を解き、それを分析の過程を逆にたどって再構成する。 |
| (4)枚挙2 | 最初の問題に立ち戻り、再構成されたものが分解したものをすべて含んでいるか、最初に与えられた問題に対応しているかを点検する。 |
アレグザンダーは初期の段階では、「全体から部分」、「主題からその構成要素」といったようにデカルト的に分割していく手法を想定していた。
デカルト的な「分解と再構成」において、要素がより上位のAやBに両方とも属するというような曖昧な事態は考えられていない。
たとえば「丸いもの」が全体であり、捉えたい主題だとする。
丸いものはフルーツとボールにわかれ、ボールはラグビーボールとテニスボール、フルーツはスイカとオレンジにわかれるといったように分解していくとする。この場合はツリー構造になる。
ツリー構造として建物を認識しようとする合理的な習性を人間はもっているが、しかし自然発生的な都市はそのようなものではなかったという。都市や人々の生活の構造はツリー構造ではなく、セミラティス構造だったのである。
およそ質のあるもの、美しいもの、生命をもつものならばセミラティス構造のかたちをとるのだろう。
アレグザンダーの作成したマルチサービスセンターのための64パターンから形成されるカスケードの図がこちら。
番号やイラストなどが描き込まれているバージョンもある。どのパターンがどのパターンに特に関連しているのかを可視化できるので便利だ。
建物のパターンを抽象度順に簡略的にイメージするとこのようになる。
・特に参考にしたページ
スティーブン・グラボー『クリストファー・アレグザンダー』,63p
長坂一郎『クリストファー・アレグザンダーの軌跡』,70~72p
パターンに肉付けする【絵コンテ】
【4】絵コンテ
アレグザンダーの場合、パターンは「問題発見(コンフリクトの発見)」と「問題解決」、そして前後の「コンテクスト」の3つが主な要素となる。
たとえば保育士から「子どもの目線に合わせる」というコツを聞いたとする。このコツはどういう状況のとき、どういう問題を解決するコツなのか。
アレグザンダーの場合のパターン記述の形式
大まかなテンプレートイメージは右の図のようになる。
これらをフレームに入力する作業が「肉付け」となる。
アレグザンダーのパターンの例(225)
アレグザンダーが実際に提示したパターンの1つを引用して紹介する。
基礎情報
番号は225、パターン名は「厚い縁どりの枠」であり、重要度は2(**)である。
※画像は著作権フリーのイメージ
前文
「……柱も梁も出来上がり、ひもか鉛筆で、ドアと窓の正確な位置に印をつけたとしよう――自然なドアと窓(221)。枠を立てる準備は整ったが、忘れてはならないのは、建物は構造的に補強するように周囲の壁と一体になった枠が好ましいということである――無駄のない構造(206)、順に固める構造(208)。」
見出し文
「穴のあいた均質な膜は、穴の縁に厚みをつけて補強しないと、そこから破壊することになる。」(太文字で)
問題を論じる本文
「この原理の最も身近な例は、人間の顔そのものである。目も口も余分な骨や肉で囲われている。周りの厚みが目や口に個性を与え、顔つきの重要な部分に仕立てているのである。……」
「建物にも目と口、つまり窓とドアが付いている。自然界に見出される原理にしたがい、ちょうど目や口の周りと同様に、ほとんどの建物の窓やドアは念入りで独特な仕上げがほどこされている。……」
「自然界の膜の開口部が、例外なく厚みをもつという事実は、膜面の力線が穴の周囲でどのような流れを示すか考えれば簡単に説明できる。穴の境界ぞいは力線の密度が濃いから、破れを防ぐためには余分な材料が必要になるのである。」
「石鹸の薄膜を考えてみよう。何かの先で突くと、張力により穴があき広がっていく。だが、ひもを輪にしてのせると、開口部の周りに集中する張力を輪の厚みが持ちこたえるので、穴はそのままである。これは引張り(ひっぱり)の問題であるが、座屈や圧縮についても同じことが言える。
圧縮を受ける薄板に穴があけば、その穴には補強が必要になる。重要なのは、この補強が開口部そのものの破壊を防ぐだけでなく、穴の部分がもともと負担すべきであった面内応力を受けもつことを理解することである。このような板補強の身近な例としては、船や機関車の壁面の小穴の縁取りがある。……」
「これは建物のドアや窓にも当てはまる。木板には軽量コンクリートを充填した壁――構造膜(218)を参照――の場合は、同じ木板で出っ張りをつけ、壁と連続して充填すれば厚みのある枠がつくれる。壁面に別タイプの表面材を用いる場合は、それに応じて厚みのつけ方も異なる。たとえば金網に麻布を張り樹脂で固めたものにコンクリートを充填した枠、金網に砂利を充填しモルタルとしっくいで仕上げた枠、そしてレンガに充填後しっくいで仕上げた枠などである。……」
「厚い『縁どり』の枠のもっと一般的な例は、世界中至るところに存在する。たとえば、泥小屋の窓の周りの厚み、レンガ壁の開口部に用いられる石材の縁取り、間柱構法(まばしらこうほう)の開口まわりに用いられる二重の間柱、ゴシック教会堂の窓の周りに追加する石材、カゴ構造の小屋の穴の周囲の余分な編み材などである。」
パターンの急所を示す解答
「ドアや窓の枠は、本体から独立して壁に埋め込まれた別の構造と考えてはならない。その反対に、開口まわりに集中する応力から壁を守るために、壁の組織そのものにつけた厚みと考えること。
この考え方にそって、壁材に厚みをつけて枠をつくること。壁そのものと同一材料で連続的につくり、壁の構造と一体となるように充填するか組み立てること。」
後文
「窓の場合は、深い窓枠(223)をつくりだすために厚みを斜めにすること。窓のなかに収まるドアや窓の形体は、後出のパタンから得られる――いっぱいに開く窓(236)、小窓つきの厚いドア(237)、小割りの窓ガラス(239)。」
パターンをテストする【出力】
【5】出力
パターンの名前、及びその体系付け、肉付けが終わったとする。その次の過程は実際にパターンを使い、パターンが良いものかどうかをテストする段階である。
「言葉遊びの理論」と「リアリティに根付いた理論」の違い
ヘンリー・ウートン卿が建築理論を「有用性、耐久性、快適性(居住性、構造上の安定性、そして美しさ)」の3つのカテゴリーに分類したという。
アレグザンダーは「なぜ三分割なのか?3つのカテゴリーにどんな意味が含まれているのか?その事象には、おのずと3つの部分に分かれようとする傾向があるのか?」と問いただしている。そしてそれらの分類が恣意的なもので、建築というケーキを勝手に切り分けたものにすぎず、浅薄きわまりない理論だという。
なぜある抽象度で分類し、そこから異なる抽象度を派生させたのか、なぜある情報をまとめて名前をつけ、肉付けをしたのかを、自分で説明できなければならない。
「ただの言葉遊びの理論」と「リアリティに根付いた理論」をわけるものを常に意識してパターン・ランゲージを作成する必要がある。ちょっとした違和感や疎遠な印象を見逃してはならない。自分で作り、使い、触ること、他者に話すことでそうした「自分らしくないもの」を削り落としていく必要がある。
たとえばアレグザンダーは、素人に「建物のパターン・ランゲージ」を使わせ、自宅のデザインをさせ、その結果を観察した。
「これが今のランゲージを使ってデザインされたものだとすると、ランゲージをこんなふうに変更しなければならない」といって現実の構造の歪みを理論の構造へ戻してループさせるのである(フィードバック)。
この作業をアレグザンダーは1年も続け、パターンの記述を行っていった。だれかの頭の中だけでイメージやコンセプトを配列し、並び替えるだけでは行われていない点が重要である。
パターンの情報を集めていれば、自分ではよくわからない情報もあるだろう。そうした情報からパターンを取り出しても、頭ではわかるが体感的にはどこかわからず、疎遠に感じてしまう場合がある。
・特に参考にしたページ
スティーブン・グラボー『クリストファー・アレグザンダー』,175p
スティーブン・グラボー『クリストファー・アレグザンダー』,141p
現実的にパターンを実証できない場合の思考実験
パターンを一回は自分で使ってみることも重要だが、現実的に困難な場合もある。アレグザンダーも全てのパターンを実施しているわけではない。町や都市のパターンなどは大掛かりであり、実施するには多くの他者の協力が必要になる。
より下位のパターンであったとしても現実的な制約は多い。頭の中でテストをしたり、他者に協力して使ってもらい、その経験をなんとか言語化してもらうという手段で妥協する必要がある。細部の完全性にこだわりすぎて全体がおろそかになると本末転倒であり、納得できる閾値を感じとるセンスが重要だ。
上の図のように、現実からイメージへ、イメージからさらに操作の世界へと抽象度を上げて擬似的にテストすることもひとつの手段である。
たとえば「絵を描く場合」に、3Dソフトで街全体を操作可能な形で作り、手で動かしてみる手法が考えられる。この町は単純な立方体を配列したものでもいい。ちょっとした小物(消しゴムやコップなど)を使って街を簡易的に再現することもできるだろう。
全体をイメージできるような形とコンテクストを可能な限り手に入れておきたい。アレグザンダーは「適合しないパターン」を探し出すほうが楽だともいっていた。パターンがうまくいかない(コンフリクト)ケースを見つけ出し、その改善方法を模索するテストも重要だろう。
自己を映す鏡テストでパターンの改善を行う
抽象度の配列が明らかにおかしいといった論理的なミスならばパターンの改善はしやすい。
しかし「どこか美しくない」、「どこか良い形ではない」、「どこか良い人間関係ではない」という微妙なニュアンスはいかにして判断可能なのか。この基準をアレグザンダーは『パターン・ランゲージ』において明確には提示できていなかった。しかし『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』では提示している。具体的には「自己を映す鏡テスト」や「幾何学的特徴」によってテストされることになる。
POINT
自己を映す鏡テスト:自己の真の姿を映すものとしてどちらかを選ぶテストのこと。このテストに基づいて、幾何学的特性のリストが作られている。音や道徳もこのテストによって判定されることになる。
| 生き生きとした構造、幾何学的特徴の例 | |
|---|---|
| 【1】 | スケールの段階性 |
| 【2】 | 力強いセンター |
| 【3】 | 境界 |
| 【4】 | 相互反復 |
| 【5】 | 正の空間 |
| 【6】 | 良い形 |
| 【7】 | 局所的シンメトリー |
| 【8】 | 深い相互結合と両義性 |
| 【9】 | 対比 |
| 【10】 | 段階的変容 |
| 【11】 | 荒っぽさ |
| 【12】 | 共鳴 |
| 【13】 | 空 |
| 【14】 | 簡潔さと静謐さ |
| 【15】 | 不可分であること |
パターンを改善し、このテストに合格すれば改良されたということになる。
アレグザンダーは「生き生きとしているかどうか」を判定する目に見える形として、「15の幾何学的特徴」を提示した。
理論的な説明としては「同型性の原理」が挙げられている。
POINT
同型性の原理:ゲシュタルト心理学において、心理現象と脳の生理学的構造との間に一対一の対応があるとされる考え方を意味する。
アレグザンダーは2つの前提を置いている。
- 有機、無機にかかわらず、すべての空間やものには一定量の「生命」があり、これらのものや空間はその構造や配置により「生命」を強くすることも弱くすることもあるということ。
- ものと空間はそれ自身の中に多かれ少なかれ「自己」を持っているということ。つまりこの「自己」、もしくはある種の人格のような実体をもったものは、すべての物体や空間に溶け込んでいて、現在は物質や機能のひとつと理解しているものである、ということ。
あまりにも抽象的すぎて、何を言っているのか実感としてわかりにくい。しかし「ハッとする瞬間」、「しっくりくる瞬間」、「ハマる瞬間」がたしかにある特定の経験に共通して存在するイメージはできる。
いい絵、いい文章、いい仕事、いい人間関係に共通しているのは「生き生きとした構造」なのではないかとぼんやりと考えることはできる。
あらゆるものがパターンでできていることを具体的にイメージすることは難しいが、たしかにそうらしいと感じることができる。そしてパターンとパターンの特定の相互作用を心地よい、いいものだと考えることも理解できる。
コンフリクトがないような安定した構造、気持ちの悪さやストレスが小さい状況を「良い」と感じやすい。どんなパターン・ランゲージを作ったとしても、良いパターンかどうかを判定する根底的な基準がひとつあると便利である。
「目に見えて業績が上がった、子供の笑顔が増えた、恋人ができた」といった「結果」ではなく、その「過程」、人と人との間の関係、人と物との関係の気持ちよさ、美しさをどうにか感じ取ることができればテストしやすい。
アレグザンダーは塩入れとケチャップ入れを提示し、一方を「自分らしい」、「より生き生きしている」と提示している。これと類比するように、ある音と違う音、ある仕事のやり方と違う仕事のやり方、ある描き方と違う描き方もテストできる可能性がある。
・特に参考にしたページ
クリストファー・アレグザンダー,『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー 』,4p
直観も重要
アレグザンダーはパターンを組み合わせて、全体としてうまく機能する環境をつくるには、技術的な分析だけでは足りず、設計者の直観も重要だと強調している。
この直観をできうる限り言語化し、表象したものが自己を映し出す鏡テストや幾何学的特徴なのである。
直観を全く働かせずに、出来上がったパターンをロボットがするように論理的に選び出し、ただその作業を行い、目に見えてわかる結果の有無でパターン全体の良さを判断することだけがテストではない。
たとえ業績が上がったり絵がうまくなったとしても、その上げ方があまりにも醜く、ストレスが大きければなんらかのコンフリクトを起こしていると考えていいのではないだろうか。
たとえばAIの文章や絵をそのまま我々が使用するときのあの「疎外感」や「違和感」はここからくるのではないだろうか。小さな体系の中で問題が解決されたとしても、より大きな体系の中で問題を起こすようならば美しいとは思えない。
AIとの共同によって創発させた場合はコンフリクトが起こりにくいのかもしれない、といったように入力、出力、再入力を繰り返してパターンを改変する必要がある。
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スティーブン・グラボー『クリストファー・アレグザンダー』,82p
パターンを調整する【編集】
【6】編集とは
パターンをテストし、良いパターンだと思えないものは改善していく。
特定のパターンを改善しても上手く行かない場合は、前後のパターンごと、あるいは全体ごとをときには大胆に改善させる必要がある。
たとえば絵画において、特定の線や部分が全体を台無しにしてしまうような場合を想定するとわかりやすい。
もしその部分をどうしても使いたい場合は全体を変える必要がある。アレグザンダーが重視するのは「パターンの体系全体」である。特定の1つのパターンを見ているときも、それが位置づけられるパターンの体系にフィットしているかどうかを考慮する必要がある。
特定の1つのパターンも複数のパターンから構成されているのであり、その部分の中の全体を考慮する必要がある。アレグザンダーは「あらゆるものに共通する全体、生き生きとした構造」を重視しているのであり、その大小や相互作用の多さの違いによって区別されるに過ぎない。
パターンの類似性と個性
あらゆるパターン・ランゲージは大きな目線で見れば「類似」しており、さまざまな状況、さまざまな他者と「共有」できるものである。
たしかに人の数だけパターン・ランゲージはありうるが、人間の感じ方で異なるのは1割程度である。生き生きとしていない構造とそうではない構造の差異によってのみ個性となるのではない。
全く同じコンテクストならほとんど同じような感じ方をするはずである。しかし現実には人が生きてきた経験・文化は異なり、現実で遭遇するコンテクストは異なる。それゆえに、同じ物でも良いと感じる度合いが異なることはある。たとえばガラスにトラウマを感じている人間が透明なガラスを良いもの、美しい、自分らしいとは思いにくく、パターンとしても採用することはほとんどないだろう。
パターンを複数選べば選ぶほど、それらと適合するパターンは狭まっていくので、その意味では個性の幅は狭まる。しかし複数の組み合わせという視点で見れば個性の幅は広まっていくともいえる。
アレグザンダーは他者がつくった、あるいは自分がつくったパターン・ランゲージに依存してしまう危険性を考慮している。硬直的、教条的にならず、つねに柔軟に周りの環境、パターンの変化に合わせて、コンフリクト(衝突)を解消するようにランゲージを組み替えていく姿勢が重要である。
大事なのは「自分のもの」だと思えるかどうかであり、「他者のもの」と疎遠に感じるようでは改善の必要がある。
「建物のパターン・ランゲージ」ですら、変更したいパターンがあれば訂正することが使い方に織り込まれている。アレグザンダーは「各人が自分流のパターンの解釈を持ち合わせている場合が多いが、そのほうが本人にとって真実性が高く、またぴったり当てはまるのである。必要な個所を訂正すれば、それだけ自分の『影響力』を及ぼすことになり、最も効果的に自分のパターン・ランゲージを手にすることになろう。」と述べている。
そもそもなぜパターン・ランゲージが必要なのか、という根底も意識する必要がある。アレグザンダーがパターン・ランゲージをつくったのは、他者や物を支配し、コントロールするためではない。
事実偏重の自然科学のランゲージや価値偏重の宗教や哲学のランゲージ以外の、事実と価値を結びつけるようなランゲージが健全で美しいと考えるからである。また、そうしたランゲージを使用し、実践することで人と人との関係、人と物との関係が健全になると信じるからである。
「既存の人々の環境を語るランゲージに自然に対する思いやりが欠如しており、あまりに粗暴で断片的であり、ほとんどの人はランゲージを持ち合わせていない」という問題意識がアレグザンダーにはある。
アレグザンダーは「私たちが本書を出版するのは、人びとが社会全体に係わっていく過程で、本書を糸口にして、自分自身のパターン・ランゲージを自覚し、改良していくことを願うからである」、「人びとに生気と人間性を取り戻す」と目的を明確に述べている。
建築家のみが使うのだろう、と疎遠に構える必要はない。パターン・ランゲージはあらゆるものに対して使うことのできる汎用性をもった道具だからである。あらゆるパターン・ランゲージはほかのパターン・ランゲージへと応用することが可能である。
自分が生きていくなかで問題が生じたとき、いかにして健全に、美しく解決できるのかを思考するために自分なりのパターン・ランゲージを構築するサンプル、指南書として利用できる。
・特に参考にしたページ
クリストファー・アレグザンダー『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー 』,4p
クリストファー・アレグザンダー『パターン・ランゲージ 』,ⅹⅲp
プレパターン・ランゲージを通して備える【アンテナを張る】
【N】アンテナをはる
前回の動画で、プレパターン・ランゲージを取り入れる試みを紹介した。※アレグザンダーの用語ではない。
POINT
プレパターン・ランゲージ:言葉で表現しきれていない、曖昧な性質のメモ段階のコツを単に集積した緩い体系のこと。
いわば「アンテナを張る」行為である。いつ何が来てもいいように、備えておくのである。
たとえばある色使いが適合すると直観できるためには、多様な色の存在を知っておいたほうが便利である。
問題は、いかなる形式で備えを記述し、保存するかである。
前回は上のような三択で考えていた。現象の簡易な記述と、その現象が「良いか、悪いか、あるいはそれ以外の何かを感じたか」に簡易的にチェックを入れるだけである。
参照可能性を考慮に入れたプレパターン・ランゲージのテンプレート
私は「参照可能性(リファレンス性)」を重視している。振り返ったときにメモツールなどで文字を入力するだけで検索できるようにしておきたい(notion、obsidian、discord、wordpressなどのデジタルツールを使うと管理しやすい)。アナログの場合も、ペラペラとノートをめくるうちに特定の付箋や言葉を見つけられると共通点を探しやすくなる。
もし余裕があれば、状況や関連しそうなパターンも記しておいたほうがいい(ただし、任意としておくことでハードルを下げたほうが良い)。
たとえばある現象を「良い/悪い/なにかある」と感じたとして、「名前」(例:「夕日」、「愛する人の時間」、「砕けた波」)をつけるとする。この名前だけでは共通点を探しにくい。そこで、メディア形式やカテゴリーをラフに考えてメモしておくのである。
たとえば波ならメディアは「自然物」、カテゴリーは「流れ」などでいい。笑った出来事ならメディアは「人間関係」、カテゴリーは「感情」、「笑顔」などになる。こうした用語は自由に、ラフに決めて良いが抽象度を上げておいたほうがいい。
図にするとこのようになる。プレパターン・ランゲージをたくさん作っておくことで、来たるべきパターン・ランゲージへのリソース、備えとなる。他者と共有することで意図せざる創発的な効果も期待できる。
作成したパターン・ランゲージを使用するコツ
全体の手順
パターン・ランゲージが出来上がったとして、問題はどう使うかである。アレグザンダーは簡易的な使用方法を説明している。
・特に参考にしたページ
クリストファー・アレグザンダー「パターン・ランゲージ」,23~25p
(1) パターン表を一覧にしてコピーし、手元においておく。
パターン名を順番に書き記しただけの表が一番簡単である。
アレグザンダーの場合はパターン名だけではなく、それぞれのまとまりにちょっとしたコメントが記入されている。
町という高い抽象度の中でも、まとまりが意味をもって分岐し、階層状になっている。あるまとまりは別のまとまりを促すといったような規定関係を考えることができる。全体にみられるものは部分にも見られるという発想が重要である。
(2) 表をざっとみて、自分の計画の全体像をもっともよく表現している、出発点となるパターンをひとつ見つける。
たとえば「居心地の良い部屋にしたい」という計画がある人間ならば、「町の分布(2)」を選ばないだろう。「自分だけの部屋(141)」かもしれないし、「貸せる部屋」(153)、あるいは「十代の離れ(154)」かもしれない。よく考えてみれば部屋全体ではなく、特に窓が気になっていたとすれば「窓のある場所」(180)かもしれない。
(3) 出発パターンの前後のパターンを読み、自分の計画に役立ちそうなパターンを見つける。
アレグザンダーによると、出発パターンより「下位のパターン」が重要であり、特に理由があって除外するもの以外はすべてのパターンに印をつけるべきだという。たとえば町の分布(2)から始めれば膨大な数がチェックの対象となる。一方で、玄関先のベンチ(242)から始めれば後のパターンは11個しかない。「上位のパターン」は少しでも役立つと考えられない場合は除外してもいいそうだ。
たとえば「自分だけの部屋(141)」を出発点としたとする。
私なら「窓のある場所」(180)、「作業空間の囲い」(183)、「厚い壁」(197)、「柔らげた光」、「腰掛けの位置」(241)、「暖かい色」(250)、「自分を語る小物」(253)などをチェックする。もちろんほかにもチェックしておくべき箇所はたくさんあった。
さらにそれらのパターンに関連するパターンも(重複的に)チェックしておく必要があるだろう。
たとえば「自分だけの部屋(141)」を出発点としたとする。
私なら「窓のある場所」(180)、「作業空間の囲い」(183)、「厚い壁」(197)、「柔らげた光」、「腰掛けの位置」(241)、「暖かい色」(250)、「自分を語る小物」(253)などをチェックする。もちろんほかにもチェックしておくべき箇所はたくさんあった。
さらにそれらのパターンに関連するパターンも(重複的に)チェックしておく必要があるだろう。
(4) チェックしたパターンの中から、疑問を感じるパターンを除外する。
長大なパターン表になると混乱をきたすことになってしまうという。本当に必要で、よいと思える、自分らしいと思えるパターンを探していくのである。
選ぶ→除外の手順を何度も繰り返し、「これはほんとうに必要なのか」と考えて整理していく必要があるという。
(5) パターンを追加、訂正する。
パターンランゲージの中で、計画に入れたいパターンが見つからない場合は、適切な位置にパターンを追加する必要がある。アレグザンダーのランゲージの場合「サウナについてのパターン」はない。この場合「入浴室(144)」の近くに記入して考えていけばいいという。
同じくらいの規模、抽象度、重要度のパターンの近くに追加するといいらしい。
アレグザンダーはつぎのように述べている。
「もちろん、変更したいパターンがあれば、訂正すること。各人が自分のパターンの解釈を持ち合わせている場合が多いが、その方が本人にとって真実性が高く、またぴったり当てはまるのである。必要な個所を訂正すれば、それだけ自分の『影響力』を及ぼすことになり、最も効果的に自分のパターン・ランゲージを手にすることになろう。いちばんよいのは、自分の訂正がよく分かるように、パターンの名称まで変更することである。」
(『パターン・ランゲージ』,23p)
アレグザンダーはパターン・ランゲージ使用のコツとして、「できるだけ小空間にできるだけ多くのパターンを圧縮することに目を向けること」を挙げている。
たとえば小空間に2つのパターンを単に隣接させるだけではなく、一つの空間に2つのパターンが占めている状態のほうがより良くなるという。
建築だけではなく、たとえば「フレッド、ちょっとバターをとって」というちょっとした言葉ですら圧縮がみられるという。「パンに塗るもの」や「食べるために」と言わなくてもその言葉に圧縮されているのである。
音楽、学習、仕事でさえも圧縮が重要になるのだろう。映画やアニメ、漫画でも多くの圧縮が見られる。1で100を語るようなことすらあるだろう。たとえば誰かが倒れているだけで、誰が倒したのか、どう倒したのか、なぜ倒したのかも全て含まれている場合がある。
・特に参考にしたページ
クリストファー・アレグザンダー「パターン・ランゲージ」,26~28p
ベイトソンにおけるパターン(意味、冗長性、情報、拘束)とは
ベイトソンにおける冗長性とはなにか
人類学者のグレゴリー・ベイトソンは、意味という概念が冗長性、情報、拘束、そしてパターンとほぼ同義のものとしてみなせる枠組みを提示している。
これらの枠組みを理解することはパターン・ランゲージの理論や作成・使用方法を理解することにつながると考える。
POINT
冗長性(英:redundancy):ある情報が、他の情報や文脈から予測できる程度のこと。
たとえば英文の中に現れたTという文字は、その次にHやRがくる可能性が高いことを告げているという(the,this,thatなど)。
Tという切れ目の向こう側のありさまをランダム以上の確率でわれわれは予測することができる。つまり、英語のスペリングのTは冗長性を含んでいる。
ダダダダーン、というベートーヴェンの「運命」の音が繰り返されると、われわれは「ダダ」だけでダダーンを推測できるようになる。この音の冗長性は、人間の時間意識が現象学的に「積み重なる時間」であり、点となって消滅する時間ではなく、冗長な時間である点がポイントだろう。
他にも、木を見て根を推測する。ある絵の線をみて残りの線を推測する。ある漫画の1場面を見て、次の場面を推測する。昨日の友人の行動の様子から、今日の行動の様子を推測するといった冗長性を考えることができる。
・特に参考にしたページ
グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学」,203p
パターン・ランゲージにおける「切れ目」
パターン・ランゲージで各パターンを体系的に配列する作業は、いわば「切れ目」をつくるということになる。あるパターンがあるパターンを拘束し、拘束する側のパターンは冗長性・情報・意味を重複的にもっているのである。
パターン・ランゲージとは特定の目的・観点から大きなパターンに体系的に切れ目を入れ、より小さいパターン同士の連続(シークエンス)の相互作用と考えることだといえる。
特定の目的・観点という点が重要である。たとえばベイトソンは「芸術はそれが属する文化に『ついて』のものだ、あるいは部分的に文化から『導き出され』、また文化によって、『規定される』ものだ」という(『精神の生態学』,204p)。我々の文化や心理によって、目的や観点が規定され、この目的によってランゲージが捉えられるのである。
もし文化や心理システム、大きく言えば「認識論的枠組み」が醜ければ、目的や観点も醜くなる。そうすると、意識的・無意識的に築かれるランゲージも醜くなる。
アレグザンダーの言葉で言えば、「現在のランゲージには人間は自然にたいする思いやりが欠如している」のであり、デカルト的な思考の枠組みが染み付いてしまっているのである。
ベイトソンは「冗長性、意味、パターン、予測可能性、情報等々を作り出し、あるいは『拘束』によってランダム性を減じることが、コミュニケーションの本質であり、その存在理由なのである。」(『精神の生態学』,204p)ともいう。
・特に参考にしたページ
グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学」,203-204p
パターンを用いることはコミュニケーションの本質である
パターン・ランゲージは「コミュニケーションの道具」であり、パターンを用いることが「コミュニケーションの本質」である点はきわめて重要である。
社会学者のニクラス・ルーマンは社会システムをコミュニケーションの連鎖と考えている。もしパターンがなければコミュニケーションは円滑に進まず、社会の維持が困難になる。
一方で、あまりにも硬直性(AによるBの規定)が高すぎると、社会は新しいものを生み出す力が弱くなる。ある程度のブラックボックスさ、わからなさ、ランダムさ(AがB以外にもつながりうる可能性)は社会の健全さにとって重要である。
人は知らないからこそ知ろうとするのであり、わからないからこそわかろうとする性質がある。社会学者のジンメルは人間関係には一定の「秘密」があると良いと述べていた。閉じるから開き、開くから閉じるという絶妙なバランスの中に良さが帯びてくるのである。
「ほかでもありうる」という一定の偶発性が社会には不可欠である。こういう窓でもいい、こういう建築でも良い、こういう対話のありかたでもいいという多様性が同時に保持されなければならない。この意味において、一様性より多様性のほうが望ましい。
ランダム性(複雑性)とパターン性(冗長性)の間のバランスをいかにとるべきかという点が問題となる。
アレグザンダーの場合は、一定の抽象度において多様性を許容する形をとる。つまり、「生き生きとした構造」が強く出るようにものごとを考えなければならないという点では譲れないが、その構造をいかに出力するか、どういうパターンの組み合わせで出力するかには自由度があり、偶発性が存在する。価値は事実に基づき、客観的に示すことはできるが、その示し方にはバリエーションがあり、主観性を内包していることになるのだろう。
・特に参考にしたページ
グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学」,204p
人間は情報を重複させることを抑制しない
ベイトソンは「雨が降っている」とAが言い、それを聞いたBが窓から見える雨粒を見る状況を例として挙げている。
こうした場合、ほとんどの人は窓を見る。Aに信頼を寄せていたとすれば、窓を見る必要はないはずである。「Aの言葉」というパターンが「雨が降っている」というパターンを規定しているからである。
「人間は情報を重複させることを抑制しない」という。さらに、「自分の推測の正しさと友人の正直さ」、「他者との関係に関する自分の見解の正しさの確認」も求めているという。
アレグザンダーとの関連で重要なのは「情報の重複(冗長性)」である。「できるだけ小空間にできるだけ多くのパターンを圧縮することに目を向けること」というコツが挙げられていたが、圧縮とは重複であるともいえる。人は重複しているものをどうやら「良い」と思いやすいのかもしれない。「ダラダラ長く、不必要だ」という意味ではなく、共通する構造の発見、重なり、秩序における簡潔さに近い。
ベイトソンはこのように述べている。
「病気をそれぞれ個別化し、それぞれの防ぎ方や直し方のトリックを身につけても、全体性を看取する《智》(vision)は生まれてこない。われわれのトリックは一方で、生態系や種の個体群の動的均衡を崩し、抗体に対する病原体の免疫性を強め、新生児と母親との接触を絶つというような、さまざまな問題を生み出してもいるのだ。」
「意識が切り取ってくる因果連鎖が、始めと終わりとが切れたものではなく、システムの大小さまざまな回路の一部をなすものであるとき、切り取った連鎖をいじればシステムの正常な働きは阻害される。しかも医学はテクノロジーのほんの一部にすぎないものだ。今後現われてくるテクノロジーは、生態システムの、いまだ正常に機能している部分をどこまで撹乱していくのだろうか。」
グレゴリー・ベイトソン『精神の生態学』,221p
・特に参考にしたページ
グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学」,205p
単なるトリックやコツ以上のパターン・ランゲージへ向けて
パターン・ランゲージを都合の良い、部分的な環境制御・支配のための道具として使うようならば生態系にとって不健全な結果を生じさせる可能性が高い。
単なる「トリック」や「コツ」の集まりとして、ビジネス的な観点で視野を狭めて考えることをよしとすることはできない。より大きな全体に位置づけて部分を考えることが重要である。「自分が制御可能だと思い込んでいる狭い範囲の体系内のコツの集まり」がほんとうに「自分らしい」と思えるのだろうか。
部分は全体へ繋がっているという「全体論的認識」を獲得せざるを得ないようなパターン・ランゲージの使い方、教え方はいかにして可能なのか。
入口として個人の利益があるのはいいが、ランゲージを使ったあと、出口として個人の利益と集団の利益が重複し、折り重ならざるを得ないような意識が生じている事態が望ましい。
井庭崇さんのパターン・ランゲージ作成方法
パターン・ランゲージ作成の手順
作成プロセスの全体図
創造実践学者の井庭崇さんによると、パターン・ランゲージの作り方の研究はいままであったが、体系的な方法論はなかったそうだ。
全体のプロセスをまとめるとこのようなイメージとなる。
井庭さんたちの研究グループはパターン・ランゲージを作成する中で独自の方法論を開発・洗練してきた。今回はこのパターン・ランゲージ作成方法とパターンのサンプル例を紹介したい。
対話の重要性
井庭さんは単なる「アンケート」ではなく、「対話(ダイアローグ)」を重視している。質問と答えの深堀りの中で、「語る本人も気づいていなかった知恵が見えてくる」からだ。
語り手の持つ「正解」を聞き手が一方的に教えてもらうようなやりとりではない(コミュニケーションの連鎖で生じる創発性を重視している)。
哲学者のドゥルーズは既に知っていることを思い出すことを「再認」とよび、衝撃(思考の不法侵入者)に基づく不可避的な思考とは区別している。
インタビューのやり方次第で聞き手に衝撃を与え「新しいアイデア」が創発してくることもあるかもしれない。書くことで自分の考えていたことが再発見されることを最近学んだが、話すことでその範囲も広がるのだといえる。
「この分野の後輩や新人ができたとしたら、その人たちに伝えたいと思う大切なことは何ですか」という質問にすると、良い解答をもらいやすいと井庭さんはいう。「仕事で大事なことを教えてください」では、話が広がりすぎてしまうのだろう。
たとえば「子供を急がせすぎないこと」と熟練者が答えたとする。そして「それをしないとどうなるか」と聞いていくのである。すると「急がせると子供が萎縮してしまうから」だと答えが得られていく。さらに、「どういう状態でそれが生じやすいのか」と深堀りしていけば、「CPS(状況・問題・解決)」の情報が揃っていく。
・特に参考にしたページ
野澤祥子, 井庭崇, 天野美和子, 若林陽子「保育者の実践知を可視化・共有化する方法としての 「パターン・ランゲージ」 の可能性」(2017),433-434p
ルール・オブ・スリーとは
重要なコツとして「ルール・オブ・スリー」が挙げられている。「少なくとも3つ以上の事例で繰り返し現れるものをパターンとみなす」考えである。多くの熟練者にインタビューする場合はわかりやすい指標となる。
・特に参考にしたページ
野澤祥子, 井庭崇, 天野美和子, 若林陽子「保育者の実践知を可視化・共有化する方法としての 「パターン・ランゲージ」 の可能性」(2017),434p
トップダウンではなくボトムアップ
また、パターンをどのような「抽象度」でまとめるかも重要になる。たとえば「子供の話を聞く」、「気持ちを受け止める」、「否定しない」といった事例は抽象度が近い。しかし「親と子どもの関係」は抽象度がこれらより大きい。クラスタリングの際に抽象度をできるだけ合わせるのも大事なコツである。
クラスタリングの際、安易にカテゴリーを設定して当てはめる作業は好ましくないという。あくまで集まった情報をもとに下から積み上げていくのである(トップダウンではなくボトムアップ)。
動物という箱を設定して犬や猫を入れるのではなく、犬や猫(メンバー)が出たから動物という箱(クラス)を設定するのである。そうしてまとまったクラスが「パターンの種」となる。
・特に参考にしたページ
野澤祥子, 井庭崇, 天野美和子, 若林陽子「保育者の実践知を可視化・共有化する方法としての 「パターン・ランゲージ」 の可能性」(2017),434p
パターンのテンプレート例のイメージ(1)
「パターンの種」をもとに精緻にしていく方法にも形式がある。「状況」、「問題」、「フォース」、「解決」、「アクション」、「結果」の6つの形式が基本である。井庭さんが作成した学習のパターン・ランゲージの場合は完成図において右の図のような形式となっている(図はイメージ)。
パターンのテンプレート例のイメージ(2)
井庭さんがコラボレーション・パターンという小冊子で紹介しているパターン・ランゲージの型のイメージがこちら。
アレグザンダーのパターンと同じように、一定の体系に基づいて整理されている。パターンは全部で34個あり、3つの中心的なパターンの下に10個のパターンが位置づけられている。井庭さんの場合は3という数字を重視するようだ。
パターン0は「創造的コラボレーション」と命名されている。その下に、「未来への使命感」(1)、「方法のイノベーション」(2)、「伝説をつくる」(3)というパターンが位置する。
可視化されたランゲージ
井庭さんの全体図を参考に構成するとこのようなイメージになる。もちろんこれで全てではなく、分岐を増やして付け足すことも可能だろう。
1,3,9と増えていく図はどこか美しい。メタパターン・ランゲージがあったとすればこうした直感的な美しさが基準になってもいい。有用性はさておいて、つくることが楽しい。なぜなら美しいからだ。
あえてパターン・ランゲージの数を絞って濃くする考えも面白いかもしれない。パターンが多すぎると思考がまとまらないときは有効だろう。「一挙に可視化できる」ことにはメリットがある。
私なら、まず1:3:9の抽象度の高い13パターンから考えてスッキリさせたい。必要があればより低いものへ分岐させる。ボトムアップでいくつかのパターンを特定し、そこから厳選して13でまとめてみる方法である。
図にするとこのようなイメージになる。
井庭さんはパターン・ランゲージをつくるためのパターン・ランゲージをつくる試みもしているという。パターン数は364です。※1+3+9+27+81+243=364であり、3分岐が基本となっている。右の引用画像はマイニングパターンである。
パターンの具体例
井庭さんが作成したコラボレーション・パターンの「一度こわす」(27)を引用して紹介する。
■番号:27
■パターン名:一度こわす(英:Generative Destruction)
■イラスト
■導入文:思い切ってこわして、つくりなおす
■引用文1:「今あるものに継ぎ足すな。今あるものをゼロにしてどうするか考えよ。」(松下幸之助)
■引用文2:「良好は偉大の最大の敵である。偉大だといえるまでになるものがめったにないのは、そのためでもある。」(ジェームズ・C・コリンズ)
■状況:やってきたことがとりあえずカタチになった
■その状況において(問題提示):つくっているものが自分たちの目指すクオリティに達していないと気づいても、手直し程度で済ませてしまう。
・これまでの努力・苦労を台無しにすることは、心理的に難しい。
・どこをどうすればクオリティが上がるのかは、明確ではない。
・時間は有限である。
■そこで(解決提示):カタチになったものを思い切って壊して、作り直す。
成果を見る人は、これまでの経緯や苦労を知らずに、成果そのものを見る。だからこそ、成果だけを見ていまいちであることがわかったら、つくり直す必要がある。『つくり直す』といっても、まったくの白紙に戻るわけではなく、一度つくった経験を活かすことができる。どのようなプロジェクトでも一回から数回の作り直しが発生するものだ。つくり直しの作業は、『活動の足あと』(17)を活用し、どこまで戻ればよいかを考え、『ゴールへの道のり』(21)を再確認してから始めよう。
■その結果:そうやってつくり直したものは、高い「クオリティ・ライン」(25)にぐんと近づき、「世界を変える力」(24)になる可能性が高まる。
一度カタチになったものを見ているので、つくったものが受け手からどのように見られるのかを強く意識できるようになる。
井庭さんが作成したラーニング・パターンの「学びのチャンス」(1)を引用して紹介する。
■番号:1
■パターン名:学びのチャンス(英:Opportunity for Learning)
■イントロダクション:学びの機会は、自らつくりだすものだ。
■イラスト
■状況(C):学び始めようとしている。
■問題(P):自分にぴったりと合った学びのプログラムや機会は、あまり見つからない。
■フォース:知識やスキルなどを身につけるための機会を、誰かから与えられることはあるだろう。しかし、与えられた学びの機会が、必ずしも自分に合っているとは限らない。多くの人に合わせてあることで、自分のニーズとはずれてしまったり、レベルが合わなかったりすることがある。そういうなかで学んでいるだけでは、次第に学びへの意欲が削がれていってしまうことがある。
■解決(S):自分の興味・関心を軸として、どうすれば学びたいことを学べるかを考え、その機会をつくり出す。
■アクション:まずは、自分の興味・関心に照らし合わせて、面白いと感じることや、やりたいことの実現のために必要だと思う知識やスキルを把握する。
その上で、そのテーマに関連する情報を集め、コミュニティや勉強会・研究会があれば積極的に参加する。また、何かをつくったり実践したりする機会を設けることで、必要な知識・スキルを具体的に把握し、さらなる学びの方向性をつかんでいくとよい。
創造システム理論
井庭さんは『社会システム理論』で以下のように述べている。
「一人でやる創造と、複数の人でやる創造というのは、一体、何が違うんだろう?そういうことを考えるようになりました。いや、違うんではなくて、それらは同じことなんじゃないか、とも。もし同じであるなら、それはどのような意味で同じなんだろうか。創造とは結局どういうことなんだろうと、そういうことを考えました。そして、その考えを突き詰めていった結果、『創造システム』の構築につながっていきました。」(212-213p)
今回の動画との関連で重要だと考えた要旨のみを簡潔に整理してとりあげる。
(1) 創造は発見を要素とするシステムであると考える理論が創造システム理論である。
(2) 発見とは「(世紀の大発見ではなく)ちょっとした気づき」である。問題発見、問題解決、観察、仮説形成、実践、解釈などがここにあたる。
(3) 発見はアイデアと関連付けが見出されるときに創発する現象である。
(4) 発見が次々とつながることで、創造が実現する。つまり、創造とは「発見という要素が次々と生成・連鎖していること」である。自分が意図的に制御できるものもあればできないものもある。
(5) どのような発見が要素となりうるかは、個々の創造システム、連鎖のネットワークに依存している。
(6) 創造の観点からは、発見が「誰」の「どのような」貢献によって生成されたのかは重要ではない。偶然か、有用か、熟考したものか、他者との対話からか、独りかなども二次的である。大事なのは「次なる発見への接続能力」だという。ここが面白い。素材や量、質よりも「流れの力」、要素を突き動かす川の流れのような関係・文脈が重要なのだろう。
(7) 創造的なプロセスの本質は、「いろいろな選択肢の領域がパッと広がりつつ、選択され収束し、また選択肢がパッと広がる、そういう運動性を持ったプロセス」である。
(8) 発見を生成・連鎖し続けるためには、それを下支えする「発見メディア」が必要となる。
井庭さんは「発見メディア」を以下の3つに分類している。
【1】言語、概念、理論など
たとえば数学や物理学、社会学はここに当てはまる。パターン・ランゲージもここに当てはまる。アイデアの選択と関連付けの選択が生じやすくなるようなメディアである。
【2】観察のためのツールやシミュレーションやデータ分析のツール
アイデアの関連づけによって帰結が得られることを支援してくれるものである。たとえば顕微鏡やコンピューターなどである。
【3】発見が現行の創造にとって意味・意義があると捉えやすくする象徴性
たとえば芸術の場合は、美に意義があり、科学の場合は真理に意義があると一般的には想定されている。経済的利益を生むから意義がある、人を感動させるから意義があるというケースもあるかもしれない。
「人々を発見の連鎖へ導き、動機づけるシンボル」は私にとってきわめて重要である。「なぜ創造をするべきなのか」、「なぜ社会学を学ぶべきなのか」、「なぜ美を探求するべきなのか」とずっと疑問だった。
自分のためと世界(社会)のためが矛盾なく溶け合う地点が「調和した流れ」であり、その流れに存在しながら、かつ私も流れであるというある種の両義性(幸福)を生じさせるからなのかもしれない。
アレグザンダーでいえば輝ける大地における存在であり、ベイトソンでいえば学習3の地点に近い。そうした状態が片鱗でも感じられる時にあらゆる時間と空間が解け合っているような健全な精神が創発している。
しかしそうではない時間に戻ったときの落差によってどこか憂鬱な気分も生じてしまう。まるで失恋した後の人間のようなものだ。
(9) 創造的なプロセスはその本質にコンティンジェンシーをもつ
アイデアZは、アイデアXからだけでなく、アイデアYから生まれることもありうる。つまり、ある特定のきっかけが絶対に不可欠とは限らない。
たとえば私がこの動画をつくろうと思ったきっかけは直前にドゥルーズの哲学を学んだからかもしれない。しかしアレグザンダーの本を読み返していたとしても作ったかもしれない。
どんなアイデアも問題解決にとって不必要かどうかは、振り返ってみなければわからない点も重要である。
失敗だと思っていたことも、振り返ってみれば成功のための重要なピースだったことがありうる。
間違った理論の使い方が実は後で学び直してみれば正しい使い方かもしれない。違う文脈に位置づければ違った形式が見えてくることもある。間違ったがゆえに、次の発見へと足を一歩踏み出したかもしれない。
そして我々は常に異なる文脈に生きている。環境は常に同じではない。そしてより異なる文脈に積極的に移行することもできる。大事なのはそうした異なるコンテクストへ移行する土台を整備すること、常に既に柔軟に、謙虚に備えることである。そうした柔軟性・謙虚性のみを硬直的に信じ抜くことが大事だと考える。
参考文献リスト
今回の主な文献
クリストファー・アレグザンダー『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー 建築の美学と世界の本質 生命の現象』
クリストファー・アレグザンダー『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー 建築の美学と世界の本質 生命の現象』
クリストファー・アレグザンダー『パタン・ランゲージ―環境設計の手引』
クリストファー・アレグザンダー『パタン・ランゲージ―環境設計の手引』
坂一郎『クリストファー・アレグザンダーの軌跡:デザイン行為の意味を問う』
坂一郎『クリストファー・アレグザンダーの軌跡:デザイン行為の意味を問う』
スティーブン・グラボー『クリストファ-・アレグザンダ-: 建築の新しいパラダイムを求めて』
スティーブン・グラボー『クリストファ-・アレグザンダ-: 建築の新しいパラダイムを求めて』
井庭崇, 他『パターン・ランゲージ:創造的な未来をつくるための言語 (リアリティ・プラス) 』
井庭崇, 他『パターン・ランゲージ:創造的な未来をつくるための言語 (リアリティ・プラス) 』
井庭崇,他『社会システム理論 (リアリティ・プラス) 』
汎用文献
米盛裕二「アブダクション―仮説と発見の論理」
トーマス・クーン「科学革命の構造」
真木悠介「時間の比較社会学」
モリス・バーマン「デカルトからベイトソンへ ――世界の再魔術化」
モリス・バーマン「デカルトからベイトソンへ ――世界の再魔術化」
グレゴリー・ベイトソン「精神と自然: 生きた世界の認識論」
グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学へ (上) (岩波文庫 青N604-2)」
グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学へ (上) (岩波文庫 青N604-2)」
マックス・ウェーバー「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」」
マックス・ウェーバー「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」」
参考論文
・井庭崇「創造的な対話のメディアとしてのパターン・ランゲージ: ラーニング・パターンを事例として」(2014)[URL]
・井庭崇, 古川園智樹「創造社会を支えるメディアとしてのパターン・ランゲージ」(2013)[URL]
・野澤祥子, 井庭崇, 天野美和子, 若林陽子「保育者の実践知を可視化・共有化する方法としての 「パターン・ランゲージ」 の可能性」(2017)[URL]
・井庭崇「認知症とともによりよく生きるためのパターン・ランゲージ 『旅のことば』 の活用事例」(2019)[URL]
・自生的秩序の形成のための《メディア》デザイン──パターン・ランゲージは何をどのように支援するのか?(ウェブサイト)[URL]






















































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